骨髄は、あとで食べるために保存された?

骨髄は、動物を仕留めたその日に食べきるしかなかったのでしょうか。イスラエルの洞窟に残った骨と、現代の保存実験から見えてきたのは、食べるタイミングを後にずらす工夫です。
「骨に残る加工痕は、骨髄を取り出すまでの時間について何を教えてくれる?」
まず、研究の舞台から
Qesem(ケセム)洞窟は、現在のイスラエルにある遺跡です。研究が対象にした時代は約42万〜20万年前。ここでいう「ka」は「千年前」という意味なので、420 ka は42万年前を指します。洞窟からは、火を使った跡や石器、動物の骨が見つかっています。
研究者が注目したのは、シカの足首から先にある細長い骨です。専門用語では中足骨と呼ばれます。中は空洞で、そこに骨髄が入っています。骨髄は肉のように外にむき出しではなく、硬い骨に包まれています。骨をすぐ割らずに置いておけば、肉を食べたあとでも中の脂肪を利用できるかもしれません。
骨髄は、ただの「骨の中身」ではありません。この研究で分析したシカの骨髄は、乾燥物の多くが脂肪でした。脂肪は少ない量でも多くのエネルギーを蓄えられます。狩りの成果をその場で全部食べるのではなく、あとで使える形で残せたなら、食料が手に入りにくい時期を乗り切る助けになった可能性があります。
骨髄を骨の中に残して、時間を置く
「骨に入ったままなら、どれくらい保つのか」。研究チームは現代のアカシカの中足骨を使い、秋の屋外、春の屋外、屋内に近い環境の3条件で保存しました。週ごとに骨を調べ、骨髄の量や脂肪の状態を分析。別の骨では、皮や腱を取り除き、石器に似た石片で骨を割る作業を行いました。
この実験には二つの目的があります。一つは「中の骨髄が時間とともにどう変わるか」を測ること。もう一つは「時間がたってから皮をはがし、骨を割ると、どんな傷が残るか」を記録することです。洞窟の骨に残る傷を実験と比べれば、食べるまでに時間が空いたかを推理できるかもしれません。
たとえば新しい皮は骨からはがしやすい一方、乾いた皮や腱は骨に張り付き、はがすのに手間がかかります。そのため、道具の傷の数や向きが変わることがあります。研究者は傷を拡大して観察し、いつ皮をはがしたときの傷に近いかを比べました。傷の形を「昔の行動を読む手がかり」にするわけです。

研究では遺跡の骨に見られる痕跡を、保存実験でできた痕跡と照合します。以下は、保管週数と骨髄量の変化を季節・環境別に示した原著のグラフです。
9週間を左右したのは、季節
秋の屋外条件では、骨髄の脂質は9週目まで比較的よく保たれました。春の屋外や屋内では変化が異なり、劣化は週ごとに進み、とくに3週目以降に目立ちました。骨が外側を覆うことに加え、気温などの環境も保存性を左右します。
図の縦軸は、骨の中に残った骨髄の割合。横軸は保存した週数です。秋の屋外では、0週から9週まで線がほぼ横ばいで、統計的にもはっきりした減少とは言えませんでした。一方、春の屋外では週ごとに低下し、屋内条件でも減少が見られました。「骨に入れておけば、いつでも9週間安全」という結果ではなく、季節や環境で差が出ています。
また、研究が調べたのは主に骨髄の量や脂肪の状態です。これは、現代の食品衛生の基準で保存肉の安全性を試験した研究ではありません。古代の洞窟で実際に何度保存したかを直接観察したものでもありません。ここでの9週間は、特定の場所と季節で行った実験の結果です。
この結果から、どこまで言える?
では洞窟の骨は何を示すのでしょう。Qesem洞窟の中足骨には、肉をすぐに取り除いたときよりも、皮や腱が乾いて骨に張り付いたあとで処理したときに似た傷がありました。実験では、保存を始めて少なくとも数週間たつと、皮をはがす道具の傷に変化が現れました。研究チームはこの似かたから、骨をしばらく置いてから骨髄を取り出した可能性を考えました。
考古学では、こうした「ものに残った跡から、起きた行動を推理する」方法がよく使われます。ただし傷の形が似ていても、別の行動が同じ傷を作る場合があります。これを「同じ結果に複数の原因がありうる」と考え、他の証拠も合わせて判断します。この論文でも、骨の傷だけで断定せず、保存実験、骨の分布、洞窟の環境を組み合わせています。
この研究が面白いのは、古代の人々を「獲物を見つけたらその場で食べるだけ」と考えなくてよい点です。骨を保管してあとで開くという、時間をまたいだ食料管理をしていた可能性が見えてきます。動物の体を、肉・脂肪・骨髄までむだなく使う工夫があったのかもしれません。


